
「何かいいことないかな」と思いながら毎日を過ごしていませんか?
しかし、幸せの感情って、勝手に生成されるものではありません。
だから、日々悶々としていても、楽しいことがやってくることって、ほぼありません。
では、なぜハッピーは自動生成されないのでしょうか。
そして、なぜ誰かに幸せにしてもらおうとすると上手くいかないのでしょうか。
ハッピーが自動生成されない理由

私は恋愛の記事をたくさん書いていますが、恋愛がなければ幸せになれないとは思っていません。
好きな人がいればもちろん楽しい。
でも、一人でも普通に人生は楽しめます。
だって、幸せは誰かが運んでくるものでも、何もしなくても勝手に発生するものでもないってことを知っているからです♥
では、なぜ、幸せは自動生成されないのか、その理由をご紹介しましょう。
日本人は、大体受け取りがちの人生になりがち
私は、基本的にめちゃくちゃ行動して世界を作る人間ですが、外洋クレオールでクォーターなので、例外個体です(笑)
ですが、私以外の多くの日本人は「用意された場所へ行き、用意されたことをする」という概念で動く民族性なのです。
みんなその状態の方が安心し、「この箱はどうだろうか」「誰かとなにかできないのかな」と、自発ではなく、プラットフォームを借りながら、あるいは、外から何かが来るのを待つのが基本スタンスです。
だから、人生そのものまで「受け取るもの」で、楽しいことも、いい出会いも、恋愛も、チャンスも、そのうちくるだろう、と思ってしまうのです。
でも、人生には、自分専用の企画担当者はいません。
ハッピーが向こうから来ないのは当然で、自分が発生源になる、と発想すら薄い人が大半です。
日々を生きていたら、昨日と同じになる

何もしなければ、今日という一日は昨日のコピーになります。
だって、そうですよね?
同じ時間に起きて、同じ場所へ行き、同じ人と会い、同じ情報を見て、同じように一日を終える、その連続性で、次の日だけ、突然違う人生になることはありえません。
昨日と違う出来事が欲しいなら、昨日とは違う入力が必要で、基本的に新しいことを始める総量が多い人ほど、そこから次の出来事が生まれます。
つまり、楽しいことが多い人は特別に幸運なのではなく、自分で日常に変化を入れているのです。
今日を違う日にしたいなら、自分で今日を動かすしかありません。
幸せという感情は、様々な感情の複合体である
そもそも、「幸せ」という感情は一種類ではありません。
満足感、何かを完成させた時の達成感、好きな人といる時の高揚感、一人で静かに過ごす時の安心感。
ワクワクする気持ち、愛し愛されたときの、自己肯定感。
こうした様々な感情が重なった複合物を、私は幸せだと思っています。
ただ、多くの人が、それに目を向けずに、「大きないいことが一つ起きれば幸せになれる」という考え方をしている人が多いのです。
そして、幸せ=「多くの感情の複合体」だということは、自分で発生させた複数の感情が積み重なった状態なので、自ら取りに行かないとほとんどが成立しません。
これを理解しない限り、ただ「嬉しい」ことを待つだけになってしまいます。
誰かと一緒なら幸せになれる、では上手くいかない理由

では、一人ではなく誰かと一緒なら幸せになれるのでしょうか。
断言しますが、「恋人ができれば幸せ」「結婚すれば幸せ」「信頼できる誰かがいれば幸せ」、ではありません。
では、なぜ誰かがいるからって幸せにはなれないのかを考えていきましょう。
他人は、幸福の安定供給剤ではない
他人ってどこまでいっても赤の他人です。
よく、「相手と自分とは分かりあえているんだ」、「二人はベストパートナーだ」とか言葉で繕う人は多いです。
もちろん、私だって、誰かを好きになると、その人から連絡が来ただけで嬉しいし、会えれば楽しいし、大切にされれば幸せです。
でも、その相手を自分の幸福の発生源にしてしまうと、同じ構造が反対にも動くんです。
連絡が来なければ、会えなければ不幸。
相手の機嫌が悪ければ不幸で、失えば、不幸だと。
つまり、自分の幸福が相手の存在によって上下するようになります。
他人には他人の人生があり、命があり、あなたと融合することは生涯ありません。
どれだけ愛してくれていても、他人は幸福の安定供給剤ではないというのはそこにつきます。
相手が与えてくれる幸せは、あくまで追加分です。
自分の幸福そのものを、他人一人に供給させようとすると必ず不安定になります。
信じれば裏切られる

「この人だけは絶対に自分を裏切らない」と思えば、いつか必ず裏切られたと感じます。
なぜなら、先ほども述べたように、人間は別々の個体だからです。
自分と同じものを見て、同じように考え、同じタイミングで同じ判断をすることはありません。
相手は相手の価値観で動きます。
なので、人を信じれば、その違いが出た時に、「信じていたのに」と感じる出来事は必ず起きることになります。
人は信頼してもいいですが、でも、自分の幸福まで保証させてはいけません。
つまり、その前提がある限り、誰かがいる幸せというのは薄氷の上にあるものなんです。
だれかの応援は、自分の人生の主役の放棄である
誰かの応援ばかりしている人は、自分の人生の主役を他人に渡しているってことなんです。
好きな芸能人、恋人、子ども、友達。
誰かの成功を追いかけ、あるいは「面白そうだ」と手軽に、誰かの挑戦に感情を乗せる。
誰かの人生が動くことで自分まで満たされたような気持ちになる。
私はこういった人生を送る人を心底くだらないと思っています。
これって、その瞬間から、あるいは、ずっと前から、自分の人生の主役を放棄しているのと同じだからです。
他の誰かは、自分の目でよく見えても、新しい出来事が起き、挑戦があり、成功も失敗もあります。
それを見て喜んだり落ち込んだりして、自分の感情イベントとして消費しても自分自身の物語は増えない。
さらに、誰かを見上げている時間が長いほど、自分は観客席に固定されます。
人生は、自分が主役になるためにあるものです。
誰かの成功を応援してハッピーをもらうより、自分が動いて、自分の人生に成功も失敗も作る。
応援する人ではなく、自分が舞台に立つ人になること。
自分の人生を主役として生きるのは、幸せの大前提なのです♥
二人になるには、一人の個体の重力が必要
二人でいるためには、まず一人で立っている必要があります。
自分の好きなものがあるだけでは足りなくて、自分で決められる、自分で動ける、一人でも自分の時間を楽しめる、そこに魅力が存在していることが大事です♥
こうした一人の個体としての重力があるからこそ、二人になった時にも相手に吸収されません。
本当に強い二人は、それぞれに自分の世界があります。
自分の軸を持った人間と、自分の軸を持った人間が並ぶ。
だからこそ、どちらか一方がもう一方を支え続けなくても関係が成立するのです。
幸せは振っても湧いてもこない、発生させて増殖させるものってこと

誰かと一緒になる意味は、「自分にない幸せを全部もらうこと」ではありません。
すでに自分の中にある幸せが勝手に増殖するってことです♥
たとえば、私は、一人でもなんでもできます。
恋愛もいくらでもできる、遠くまで行ける、仕事もスタートできる、新しいこと、チャレンジもいくらでもできます。
ポールダンスに、甲子園のビールの売り子、ライブに、ギターに、歌番組に、今年だけでもさまざまな楽しいことがありました♥
でもたとえば、彼がいて、その彼となら、自分では選ばなかった場所へ行くかもしれない。
自分の世界と相手の世界が重なることで、新しい経験が生まれます。
つまり、幸せはゼロから他人に作ってもらうものではなく、自分が持っているものを他人との関係によって増殖させるもの。
「人生を広げる関係」というのは、まずは自分が光源になれるからできるんです。
まとめ

ハッピーは自動生成されないし、だからといって、誰かにもらうものでもありません。
自分で作り、誰かと出会った時にさらに増殖させるものなのです♥
今日から、あなたも、幸せの発生源になってみませんか?
