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時代を追いかけるより、語らないほうが圧倒的にかっこいい理由

「今はこういう時代だから」「これからは個の時代だ」「時代の変化についていかなければならない」。

世の中には、やたらと時代を語りたがる人がいる。

今回は、時代をいくら語っても変わらない理由と、語らない人間が圧倒的にまともな理由をご紹介しよう。

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時代を語る人が、死ぬほどダサイ理由

時代を語る人が苦手、という方は多いのではないだろうか?

私は、「自分語りする他人」を見たくないから、SNSをやっていない。

でも、その原因はなぜかって考えた時に気づいたのが、私は、特に「少し変化が起きるたびに名前をつけ、時代の空気を説明し、それを自分の生き方に結びつける行為」が嫌いってことだ。

ちなみに、私は、haplo3.0の常染色体検査の民族構成結果で、中国雲南省・タイ人が28%の割合の純度が高いクォーターだ。

私の父側の祖父は、東アジアから日本へきた外洋人で、海を埋め立て干拓事業を成し遂げた歴史に名が残る開拓者。

巨大な南シナ海から黒潮を行き来し、本物のゼロから人間の領域を作り出してきた血筋だ。

祖父の母系は、タイのカダイ語族で、琉球までの外洋の海域を移動しながら、「外交芸能」をやってきた血筋だ。

だから「風の時代」などもその一つだが、「今の時代は」とほざく人間に対して、私は「口だけのカス共が」と遺伝子レベルで拒否反応が出る。

お前らは、日本の狭いスケールの村内で天気予報みたいなことをしているだけだろう?(笑)と。

実際に、時代を語る行為がいかにダサいのか、その根拠をみていこう。

借り物の言葉に終始するから

時代やトレンドを語る人間の言葉は、ニュースやSNS、他人の発言から集めた二次的・三次的な借り物の用語ばかりだ。

つまりは、時代を語る=主体性の欠如を露骨に露呈しているだけなんだってこと。

自らの頭で思考し、導き出した独自の答えではなく、他人の威光や社会の記号を借りて自分を大きく見せようとしているからだ。

資本主義に脳を乗っ取られた哀しき被害者たち

「新しい時代に乗れない奴は遅れている」と信じ込み、最新トレンドをありがたがる姿勢は、まさに資本主義のシステムに思考をハックされている証拠。

企業や市場は、絶え間なく消費活動を行わせるために「新しい事象こそが素晴らしい」という幻想を刷り込み続けている。

手のひらの上で踊らされ、「新しさ」に飛びつくことを価値だと勘違いしている人は、まさに資本主義の被害者だ。

本物は「新しいか古いか」という時間軸の分類など軽々と超越しているし、浅はかな消費者の顔などを持っていない。

分かっている人間は、最初から、市場の洗脳を拒絶しているのだ。

一過性の消費で終わる存在価値だから

先程と同様に、時代を語ることで得られる注目は、そのトレンドの寿命と連動している。

言葉、ブームが去れば、語っていた人間の価値も同時に暴落する。

結局、自らの内面に根ざしたコンテンツを持たないため、常に新しい波を探して泳ぎ続けなければ維持できない。

時代を語る者は、自ら進んで消費期限付きの商品になっているのだ。

時代は背景インフラでしかない

電車、インターネット、スマートフォン、AI。

時代が進めば便利なものは増える。

しかし、それらはすべて代表インフラである。

要するに、時代とはただの背景なのだ。

AI時代ならAIを使えばいいし、スマホが便利になれば、使えばいいし、遠くに行けばいい。

だけど、インフラはインフラなので、叫んだところでそこから何かが生まれることはない。

何かが新しくできても、それらを使ってどこへ向かうかまでは決めてくれない。

語らない人が、なぜ圧倒的にかっこいいのか

時代やトレンドを必死に追いかける毎日に、疲れを感じていないだろうか?

そんな「時代を語る人」ばかりの喧騒の中で、圧倒的な輝きを放つのは、「時代を一切気にせず、多くを語らず、ただひたすらに自分のやり方をする人間」だ。

その「本物のカッコよさ」の秘密を、ここからは解き明かしていく。

時代やトレンドを気にしない孤高

語らない人は時代を一切気にしない。

私のように、世間が何に騒ごうが、どんなブームが来ようが、自分の目の前にある自分の人生から目をそらさない。

時代遅れと言われようが気にせず、突き進めて、結果が出せる。

そんな人間はレアなのだ。

だけど、誰よりも、先鋭的で、光り輝いて見えないだろうか?

時代に合わせるのではなく、時代を置き去りにするほどの軸を持ち、自分だけの時計で生きることがクールなのだ。

時代の解説者(評論家)ではなく、時代のプレイヤーだから

時代を一切語らない人は、時代の解説者ではなく、時代のプレイヤーだってことだ。

私は、時代の変化を外側から講釈したことはないが、自分がプレイヤーであり、興味があるのは自分自身だけだから。

つまり、時代とは、プレイヤーたちが作っているもの。

解説者たちは、背景と同化した、ただの脇役たちだ。

だから、静かでも、プレイヤーだけが、圧倒的なカッコよさを放つのだ。

時代の承認?必要がない、自分の中での完結性。

時代のトレンドや動向に言及し、答え合わせをするのは、自分の生き方の正しさを外部基準に承認させようとする動きに他ならない。

つまり、「時代」、「外部の存在」という「外側の教科書」に自分を合わせるという愚行なのだ。

しかし、語らない者は、世の中がどちらへ向かおうが、周囲がブームに湧こうが、自分自身の内面と美学だけで価値を自給自足できている。

この「内部での完結性」こそが、揺らがない美しい強さなのだ。

世界を単純化しないのは、いわば究極の知性の深さである

 

世界は、一筋縄ではいかない複雑さと無数のグラデーションで満ちあふれている。

本当に分かっている人間ほど、世界や人間の深大さを知っている。

だから、安易に「時代」を語る野暮な真似はしない。

安易に世の中を定義しない静けさこそが、本物の知性と品格の証だ。

時代との共存を考えると、人はずっと探す側になる。

知性の深みがあれば、自分で歩いた跡が道になる。

それは、時代と共存する必要がない唯一ルートだ。

まとめ

時代を追いかけ、流行の波に乗る「解説者」の本質は、空虚な追従者に過ぎない。

背景なんか真っ白でもどす黒くても、どうでもいい。

「時代に認められようとするな、自分の中で完璧に完結せよ。」

それこそが、周囲を惹きつけてやまない本物のオーラを放つ。

結果的に、開拓者になれるのだ。

I am so proud to be your grandchild♥ Your soul lives on in me.

 

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